「話は最初のひと言で決めなさい」吉田たかよし 著

本書は10年くらい前に買った本ですが、そもそも何で買ったのか当時の背景は忘れてしまいました。私は人前で話すことに苦手意識を持っており、コンプレックスを抱いていたからかもしれません。今回、本棚の整理をしていて捨てるかどうか判断するためにもう一度読んでみることにしました。

著者は元NHKのアナウンサーということで言ってみれば話すことについてのプロフェッショナルです。またNHKを退職してフリーのアナウンサーになるというケースが多い中、著者は政治家の秘書を経て医者になったという異色の経歴をお持ちです。

私がこれまで出会った方々を見ていて、確かに話の上手い下手というのはあると思います。しかし著者は、弁が立つ(=話が上手い)人ほど言いたいことが伝わりにくいと述べています。なぜなら、自分は話が上手いと思っている人は困難な状況に対して口先でごまかしてしまうからだと言います。話が流暢で長い割には中身が無く、聞いている方も時間を奪われ、体力も気力も消耗します。

逆に口下手な人は、それができないので、どのように伝えたら伝わるかということを真剣に考えることができるのです。その考え抜いた結果がタイトルにもある「最初のひと言」だというのです。ただ、「最初のひと言」というのは少し極端な表現にも聞こえますが、「最初の15秒が勝負」だと著者は述べています。何故でしょうか。

ところで、多くの人がSNSを始めた頃はタイムラインに流れてくる記事を1つ1つ丁寧に読んでいませんでしたか。そして、友達やフォローの数(繋がりの数)が増えるに連れ、流れてくる記事の量が増えてくると流石に全ての記事を読むことを諦めざるを得ない状況になっていることもまた現実としてあるのではないでしょうか。

また、幼少の頃は、新聞は最初から最後まで毎日熟読するものだと思っていました。しかしそれではいくら時間があっても足りませんよね。後になってから、新聞というのは見出しだけ見て気になる記事だけを拾って読むものだと知りました。つまり、「最初の15秒」とは記事の見出しの役割を果たし、それにより、その話は聴く価値のある話かどうかを判断するのです。

本書はタイトルの割には内容が散漫な印象を受けますが、著者がアナウンサー時代に培った「すぐにでも使える具体的で実践的なテクニック」が豊富に掲載されていますので、プレゼンテーションやスピーチの腕を磨きたい人にはお勧めです。


書名:話は最初のひと言で決めなさい
副題:長い話じゃ人は聞かない
著者:吉田たかよし
発行:中経出版/2004年2月19日
ISBN:4-8061-1971-7

「申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。」カレン・フェラン 著

何とも過激なタイトルに惹かれてつい手に取ってしまいました。最初は懺悔の手記かと思ったのですが、そうではなく(一部は懺悔もありますが、実際に潰したということではないようです)著者自らがコンサルタントとして携わった失敗事例と成功事例とに基づく研究の成果をまとめた本です。

世の中にはビジネスモデルや経営理論といったもので溢れており、状況によってはフレームワークとか、ソリューションとか、メソッドとか呼ばれることもありますし、コンサルファームに在籍していなくてもある種の資格試験に出題されることもありますので、それらのうちいくつかは知っているという方が多いと思います。ただ、例えば3Cや4Pなどの名前や内容は知っていても、それらが生まれた背景まで辿って理解している人は少ないかもしれません。(私だけでしょうか。)

本書は次のようなテーマを扱っています。

  1. 戦略計画
  2. 最適化プロセス
  3. 数値目標
  4. 業績管理システム
  5. マネジメントモデル
  6. 人材開発プログラム
  7. リーダーシップ開発
  8. ベストプラクティス

本書はこれらのモデルや理論の欠点をあげつらって溜飲を下げるための本ではありません。本書を読む限り、少なくとも1回はそれらのモデルや理論は効果を表し、成功を収めたものがほとんどです。ポイントはそれらのモデルや理論が「いつでもどこででも効果的」というわけではない点です。

モデルや理論の適性や、状況を見極めずにそれらを適用した場合にどのような悲劇が起こるかという悪いシナリオが事実に基づいて記されています。最後には、クライアントの立場で物を考えずに闇雲にベストプラクティスを当てはめようとするコンサルタントを避けるように警鐘を鳴らして締めくくっています。

これらのモデルや理論がうまく機能するためには。それぞれいくつかの前提条件があります。それらの前提条件が満たされていなければ当然ながらそれらに基づく活動は失敗します。前提条件の中には業種や業態といった固定的なものから、事業規模や従業員といった流動的なものまであります。

うまくいかなかった失敗事例では、単なる事の顛末の記録に止まらず、何故うまくいかないのか、その理由について分析しており多くの示唆を与えてくれます。また、それらのモデルや理論に頼らずに(むしろモデルや理論の方針とは正反対のことを実施して)成功を遂げた例も豊富に記されています。モデルや理論があくまでも「型」に過ぎないのだということを再び想起させてくれます。

2週間くらい前に買ってから既に2回通読しましたが、これからも度々読み返そうと思います。


書名:申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。
副題:コンサルタントはこうして組織をぐちゃぐちゃにする
著者:カレン・フェラン
訳者:神崎朗子
発行:大和書房/2014年3月30日
ISBN:978-4-479-79433-2

自分の部屋へ引っ越そう!~「ヘヤカツ」のススメ~

引越しをすると、しばらくは物も少なく片付いていて、とってもシンプルで洗練されたライフスタイルを送ることができるのですが、漫然と暮らしているうちに物が徐々に増えていき、小奇麗だった部屋がいつの間にか散らかっていて気分が滅入るという経験はないでしょうか。特に社会人で独り暮らしだと、平日は仕事なので帰って寝るだけ、休日は寝ているか遊びに行く…というルーチンを続けていると、部屋が多少散らかっていても特に困ることはないのですが、ふと気づくと片付けようにもどうにも身動きが取れなくなっています。私は幾度か引越しを経験していますが、引越しというイベントの持つ独特の「リセット」感覚はなかなか得難いものがあります。

今回ご紹介するのは「部屋を考える会」というコミュニティが著作した「部屋を活かせば人生が変わる」と、その続編の「部屋を活かせば頭が良くなる」です。最初のうちは、一時期流行った「断捨離」や片付けメソッドの類かと思いましたが、そうではなくてあくまでも「部屋を活かす」という視点に立った活動、すなわち「ヘヤカツ」について、その手法と効果を紹介しています。

なぜ部屋が散らかるかというと、掃除しないから。なぜ掃除しないのかというと、掃除しにくい家具の配置だからということで、まずは掃除しやすいような家具配置にしましょうということを薦めています。「人生が変わる」「頭が良くなる」というのは言い過ぎではないかと感じましたが、満腹の時には何を食べようかとは考えないのと同じで、空間が満たされていればそこを満たそうとは思わないが、隙間が空いていればそこを何で満たそうかと脳が自然と働くということのようです。だから本棚も押入れも全てギチギチに詰め込むのではなく、7割ぐらいに留めておくのが良いようです。

そうなるとどうしても入りきらなくて溢れてしまうものが出てきます。でも、数年間使ってないものは必要のないものと割り切って、本当に必要なものに絞り込むというプロセスに取り組むと、意外と必要のないものが炙り出されてきました。よくあるのが「もしかしたらまた必要になるかも」という気持ちですが、必要になったらまた調達すればよいですし、本当に必要なものまで手放す必要はありません。ここは別に唯一の正解があるわけではないので、自分に合うやり方で取り組むのが良いのではないかと思います。

冒頭で、引越しのリセット効果について触れましたが、実際に引越しをしなければならないとしたらお金も時間もかかってしょうがないのですが、同様の効果を出す方法として「自分の部屋へ引っ越す」という考え方を提唱しています。何のことはない、ある部屋の家具を一旦別の部屋に移して、まっさらな状態から家具を再配置していくのです。引越しと違い、一区画ずつ再配置を繰り返していけばよく、これであれば新しい物件を探したりする手間もかかりません。自宅でもまさにこの取組みを始めているところです。

この本の良いところは、一人の著者の単なる独りよがりな提案ではなく、コミュニティの中で研究したアイデアについて実践した結果を、さらにフィードバックして磨き上げていった具体的なノウハウとなっているところです。「頭が良くなる」というのは一理あるとは思うものの科学的な根拠は分かりません。が、そこは本書の本質ではないです。本当に豊かな生活、豊かな人生とは何かを改めて考えさせられる本です。

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書名:部屋を活かせば人生が変わる
著者:部屋を考える会
発行:夜間飛行/2013年11月5日
ISBN:978-4-906790-05-0

書名:部屋を活かせば頭が良くなる
著者:部屋を考える会
発行:夜間飛行/2014年11月7日
ISBN:978-4-906790-13-5

「アドラーに学ぶ部下育成の心理学」小倉広 著

一時期「モチベーション」という言葉が流行ったように感じた時期があるのですが、よく、教育や育成という文脈の中で、施す側であれば「褒めて伸ばすか、叱って延ばすか」、施される側であれば「褒められて伸びるか、叱られて伸びるか」という二者択一を見聞きします。そして「あなたはどっちのタイプ?」という問いかけが頻繁になされることによって「世の中にはその二択しかないのだ」という先入観を植え付けられてしまっていないでしょうか。例えば次のような問いがあります。どのように答えたらよいでしょうか。

あなたの部下もしくは後輩が、あなたの目の前で仕事を進めていました。見ると、明らかに要領の悪い間違ったやり方をしています。このままではミスが出るか、能率が悪く時間がかかってしまいます。そんな時、上司もしくは先輩であるあなたはどのように声をかけるでしょうか。

  • (A)『そのやり方はよくないね。こうやった方がいいよ』と教える
  • (B)失敗するかもしれないが、あえて何も言わずに黙っておく
  • (C)『もしかしたら、××のようなことが起きるかもしれないけど、その場合はどうする?』と未来を予測した質問をぶつけてみる
  • (D)『こんなやり方もあるけれど、どうかな?』と別の方法を提示して、それを採用するかどうかは相手の判断に委ねる

(本文より)

書名だけでは分かりませんが(カバーを見ると分かりますが)、本書は褒めない、叱らない(更に言うなら教えもしない)第三の育成方法を提唱しています。「そんなんで本当に育成なんてできるの?」と疑問に思いながら読み進めていくと、なるほどと思わず納得してしまう理由が書かれていました。考えてみると至極当たり前のことが書かれており、しかもどこかで読んだことがあったり、あるいは既に実践している方法だなと感じる部分も多くありました。ただし、それらは断片的であり、合理的な説明でもって体系的に整理できたという意味でも本書は読むに値するものであったと思います。

なぜ褒めても叱ってもいけないのか。この問いを考える時にふと思い出すことがあります。それはいつからか周囲が使い始めた「上から目線」という言葉。これは「あんたの物言いは上から目線だよ」という風に一種の侮辱に対する不満を表明する際に使われるように思います。「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないんだよ」って思うこといっぱいありますよね。ああ、もしかしたらこの文章もそういう風に捉えられる可能性もあり気を付けたいと思いますが、人は上下関係において下に置かれようとされた場合にこうした不愉快な気持ちを抱くものではないでしょうか。そして「褒める」とか「叱る」というのはこういう自分が上で相手が下という関係を無意識のうちに作っている行為だということです。だから褒められても叱られてもダメだということなのだそうです。

そこで第三の方法とは、上から目線ではなく、相手と対等な関係を築き、相手を信頼するというものです。制約理論(TOC)を提唱したエリヤフ・ゴールドラット博士も「人は元々善良である」と主張しました。あれやこれや心配しなくても人はなんとか善くしようと心がけるものです。目の前の相手もその性質を帯びていると信頼するかどうか。「褒める」とか「叱る」というのはそういう本来人に宿っている善意を踏みにじる行為であり、そのような扱いを続けることでその人が本来持っている力を奪うことにつながるということなのです。

そうは言っても、簡単にできることではないと感じます。今まで「褒める」とか「叱る」という手段を意識して取ってきた人にとっては尚更でしょう。本書はアドラー心理学の考え方をベースにした部下育成のノウハウですが、単なる理屈ではなく著者の経験に裏付けられた実践のためのヒントが豊富に盛り込まれています。私も繰り返し読んで実践につなげていきたいと考えています。


書名:アドラーに学ぶ部下育成の心理学
著者:小倉 広
発行:日経BP社/2014年8月18日
ISBN:978-4-8222-5030-0

限られたリソースで最大の効果をもたらすトリアージ

もう随分前になりますが、このブログの中で「デスマーチ」そして「パーフェクトソフトウェア」という2つの著作をご紹介したことがあります。両者に共通するポイントはリソースは有限であるため全てのバグを取り除くことができないという点と、その有限のリソースの中でバグをどのように分類し優先順位を付けて対応するかという点であろうと思います。いずれもソフトウェア開発に関する著作ですので「バグ」が対象にはなっているのですが、もっと広くプロジェクトマネジメントという観点に引き上げてみると、バグだけではなくバグ対応を含めたToDoの捌き方のアドバイスということになります。

前者の「デスマーチ」ではトリアージという戦争時における負傷者救護の優先順位づけのアイデア(これは今の災害時の救急医療現場でも活用されているようです!)を紹介していますが、後者の「パーフェクトソフトウェア」ではトリアージを実践するための具体的なバグの分類方法を提案しています。当時のブログ記事の中でも私なりにアレンジした分類方法をご紹介しましたが、今回はより進んだ分類方法をご紹介します。

システム開発では、開発中のシステムに対する仕様の変更や追加の要求が出されることが良くあります。要求を出す方としては当然のことながらすべてに対応してもらいたいと思うものですが、要求を受ける方としても当然のことながらプロジェクトとして実施している場合は納期も予算もありますので(これがリソースが有限であるということの意味ですが)出された要求の全てに応えることができないという状況に陥ることがあります。

そんな時、要求を一覧化して対応するかしないかを選別しても良いのですが、もっと明確な基準があると判断にも迷わないですし、なされた判断も客観的で納得感が出てくると思いませんか。例えば、次のような分類を考えてみましょう。

レベル0:そもそも技術的に不可能であり、対応できない要求
レベル1:対応できなければリリース延期またはプロジェクトを中止する要求
レベル2:リリース時に無くても良いが、対応しないと業務に支障のある要求
レベル3:可能なら対応したいが、対応しなくても止むを得ない要求

これらの分類をするだけでも客観的な評価となり得ますが、次のような設問フローを作るとより客観的で論理的な判断を下すことが可能になり説得力が増します。

トリアージの判定フロー

(1) 要求が技術的に不可能であるか。
[Yes⇒レベル0/No⇒(2)へ]
(2) 対応されなければリリース延期するか。
[Yes⇒レベル1/No⇒(3)へ]
(3) 対応されなければ業務に支障があるか。
[Yes⇒レベル2/No⇒レベル3]

判断をするときには設問に答えていくだけで客観的な優先付けを行うことができ、レベル0は除外して優先度の高いものから残されたリソースの範囲で対応できるものを決定していくことになります。これも救急医療現場で使われるABCDEアプローチのようなもので、判断を急ぐときにはシンプルで強力なツールとなります。分類の数が多くなっても設問を増やすだけで良く、状況に応じてアレンジもしやすいです。


東京都福祉保健局によるトリアージの説明

「集合知とは何か」西垣通 著

前回採り上げた「2045年問題」とはある意味対極を成す著作です。「2045年問題」はかなり著者の趣味であるSFの色が濃く、コンピュータが知能を持つという話題を提供していましたが、「集合知とは何か」ではその話題を真っ向から否定しています。こちらの著者の西垣氏は本当にコンピュータを専門に研究しておられる方なので、SF的な読み物よりも現実的かつ学問的な内容となっています。

突き詰めていくと「コンピュータとはそもそも何なのか」という起源に遡るのですが、それ自体は本書の論点ではありません。ただ、コンピュータがある情報を入力として、人間の代わりに正確に思考をしてくれる装置として作られたものであり、その一つの形がAI(人工知能)なのだそうです。その背景として「事物を記号であらわし、記号を形式的なルールにもとづいて論理操作することにより、事物についての正確な知がえられる」という論理主義的・形式主義的思想があります。

コンピュータが人間の代わりに問題解決を行う未来、例えば病院に行ったら医師が全く居らずコンピュータが全ての診察と処置を行うような世界、あるいは、裁判所に行ったら弁護士も裁判官も全てコンピュータで、そのコンピュータが即座に判決を下すような世界を想像してみてください。昔の人はコンピュータに専門知識を全て記憶させておけばそういったことが可能であると考えたようですが、実際はそうはなっていません。それはなぜでしょうか。

冒頭に記したように、西垣氏は人間とコンピュータは全く異なる存在であり、コンピュータが知能を持つことは有り得ないとしています。というのも人間が得意なのは「刻々と変化する環境の下で、常識と直観を働かせ、臨機応変に働くことだから」で、これはAIを含めコンピュータがあまり得意ではありません。なのでコンピュータに問題解決を丸投げするのではなく、あくまでも意思決定は人間が行う前提で、その材料となる情報を提供するというのが現在の潮流なのだそうです。

さて、主題に戻りますが、これらを踏まえ、私たちがこれから将来コンピュータやコンピュータを利用した情報社会に何を期待できるのか、あるいは何を期待すべきでないのかということが後半で述べられています。

私たちは兎角「フラットで透明な」社会や組織を望ましいもののように考えがちですが、あるモデルによるシミュレーションの結果によるとそれは却って不安定な社会を招くことになり、逆にある程度の閉鎖性や不透明性がある方が望ましいリーダが生まれ健全な社会が形成されるとしています。

すると望ましい集合知を作るためのカギはコミュニケーションの在り方にあるようです。つまり、何でもかんでもすぐに多数決を取るのではなく、泥臭い対話を重ねて合意形成する方がより良い解決に到達しやすいようです。ソーシャルと言われるネット上のインフラが発達し、そこで形成される意見が多数決で正しい意見のように思われがちですが、必ずしもそれがベストの解ではないということなのですね。


書名:集合知とは何か
副題:ネット時代の知のゆくえ
著者:西垣通
発行:中央公論新社/2013年2月25日
ISBN:978-4-12-102203-5

「2045年問題」松田卓也 著

前回の「ワーク・シフト」と同じく先輩ICにお奨めされた書籍です。「ワーク・シフト」が2025年の世界を描いていましたが、今回は更に20年先の2045年です。この2045年というのは「技術的特異点」とされ、ここを境にコンピュータの能力が人間の能力を超えるという仮説です。「ワーク・シフト」よりは理系的な読み物かもしれません。

コンピュータの進化の歴史に始まり、現在のコンピュータの進化のトレンド、そして技術的特異点を超えた後の世界を順に紹介しています。面白いのは過去のSF映画を「あの映画のあの場面に描かれている」という具合に引用しながら紹介しているという点です。

そういえば、中学校の技術科か何かの授業だったかコンピュータについてのビデオを見せられた記憶があります。内容は忘れてしまいましたがエンディングが印象的で、それはコンピュータが進化し意識を持ったら人間と戦争をするということがあるのだろうか、もしあるとしたらどちらが仕掛けるのだろうか、といった問いかけでした。

本書にはそういったSF色もあるのですが、私が取り上げようと思ったのはそういう側面ではなく、6章に書かれている「コンピュータが進化すると働き方が変わる」という側面です。これは単に仕事の効率がアップするというローカルなレベルの変化ではなく、ワーク・シフトにもつながるグローバルな変化です。

つまり、産業革命による工業化と、工業のオートメーション化によってブルーカラーの仕事が奪われたように、コンピュータの進化によって今後はホワイトカラーの仕事も奪われるだろうということです。もちろんブルーカラーの仕事がゼロにはならないように、ホワイトカラーの仕事もゼロにはならないでしょう。しかしそれを担うのは限られた人たち。多くは職を失うことになります。

本書は働き方についてのテーマではないので、じゃあどうすれば良いかという処方箋についてはあまり紙面を割かれていないのですが、キーワードは能力アップ。特にコンピュータのリテラシーというのは未来の世界を生き抜いていく上で重要な能力であると改めて認識しました。


書名:2045年問題
副題:コンピュータが人類を超える日
著者:松田卓也
発行:廣済堂出版/2013年1月1日
ISBN:978-4-331-51683-6

「ワーク・シフト」リンダ・グラットン 著

皆さんは今の働き方、今の職場の将来に対して不安を感じたことはありませんか。この問いに対する答えは職業だけでなく年齢や地域など置かれている状況によって様々でしょう。しかし、あと数十年は働かなければいけない私たちの世代にとって、これから先、どのような社会になっていくのかというのは無視できない話題です。

今回ご紹介する「ワーク・シフト」というのは2025年、つまり今から12年後の世界の未来の世界を描き出し、そのような世界において活躍できる(という表現が相応しいか分かりませんが)働き方を提唱している書物です。これは先日IC協会のセミナーの時に先輩ICの方からお奨めされた本です。12年後って意外とすぐですよね。

本書は4部構成になっていて、第1部は12年後を特徴づける5要素について述べています。その5要素とは、

  1. 今よりもテクノロジーが進化する
  2. 今よりもグローバル化が進む
  3. 今よりも高齢化・長寿化が進む
  4. それらに伴って社会が変化する
  5. 今よりもエネルギー・環境問題が悪化する

というものです。これらを踏まえて、第2部では、もしこの12年後を「漫然と迎えた場合」にどういった生活が待っているのか、そして第3部では、逆にこの12年後を「主体的に生き続けて迎えた場合」にどういった生活が待っているのかについて描き出しています。最後の第4部では、主体的に生きるための具体的な方法について「シフト」というキーワードで提案しています。

ワーク・シフトとは働き方を変えるという意味ですが、働き方の何を変えるのか、何に変えるのか、どのように変えるのかというのは最終的には個々人が主体的に選択をしていかなければならないということが言われています。ヒントとして、次の3つが挙げられています。

  1. キャリアのシフト(ゼネラリスト志向の終焉)
  2. 人間関係のシフト(新しいネットワークの構築)
  3. 価値観のシフト(収入から経験へ、評価基準の変化)

12年後の世界で勝ち組(という表現が個人的には好きではありませんが)でいるためには、これらのシフトを実践する必要があるということです。

但し、こうしたことを選択していくということは、何かを得る代わりに何かを手放すことになるという現実に着目すべきでしょう。理想の働き方が理想の収入をもたらしてくれるとは限りませんし、理想の評判を得られないかもしれませんし、理想の人間関係を築けないかもしれません。そういった選択の結果に対して私たちは責任を負わなければなりません。

このように言われてしまうと多少なりとも不安になってしまいます。かつては会社が代わりに選択してくれて責任を負ってくれた時代があり、その時は会社に全てを依存していれば良かったのですが、これからはそういう世界ではありません。そんな状況を生きなければならない私たちに向けて、著者は哲学者の引用を用いて読者を励ましています。最後にその部分を引用したいと思います。

選択にともなう不安を避ける必要はない。そういう感情を味わう経験こそが私たちの職業生活に意味や個性、現実感を与える。

今働き盛りの20~40代の方々には是非一読していただきたい一冊です。


書名:WORK SHIFT(ワーク・シフト)
副題:孤独と貧困から自由になる働き方の未来図
著者:リンダ・グラットン
訳者:池村千秋
発行:プレジデント社/2012年8月5日
ISBN:978-4-8334-2016-7

「人気店はバーゲンセールに頼らない」齊藤孝浩 著

本書はインディペンデント・コントラクター協会の理事のお一人である齊藤孝浩さんの著作です。齊藤さんはいわゆるアパレル業界のコンサルタントで、商品陳列や適正在庫といったカテゴリでご活躍をされている方です。個人的にはいつもIC協会のイベント等でお世話になっております。

本書は誰もが知っているような国内外のアパレルチェーンにおける成功事例を集めた本です。私はアパレル業界には疎いのですが、そんな人でも本書を読めばアパレル業界のトレンドに詳しくなり、明日からでもアパレルチェーンを展開できてしまうのではないかと錯覚してしまいそうになるほど具体的なノウハウが詰まっています。もしかしたら業界内では普通に知られていることばかりなのかもしれませんが、ブランド名を明示しているので外の人間からするとそんなことまでバラしちゃっていいの?と思ってしまいます。明日は用も無いのにZARAに行ってみたくなりました。(実はまだ行ったことありません。)

さて、私が本書を読んで感じたポイント。それは本文でも触れられていることなのですが、成功する秘訣は業務のサイクルの短さだということ。いわゆるPDCAを週単位で回せるというのは月単位、四半期単位、半期単位で回している企業にとっては脅威でしょう。また、本書では言及されていませんが、ここに挙げられた事例は制約理論(TOC)を実践した実例なのではないかと思われます。特に、エリヤフ・ゴールドラット博士晩年の著作である「ザ・クリスタルボール」。そのテーマはまさに小売業における適正在庫であって、そこに書かれていることを実践したとしか思えません。

本書は、今まさにアパレル業界で働いている人はもちろん、これからアパレル業界で働きたいと思っている人にとっては必読の書ですし、直接関係ないと思われる人でも本書にはビジネスにおけるヒントを多く得られると思います。また、特に女性の方に対しては、本書を読めばまた違ったショッピングの楽しみ方が出来るのではないかと思います。まずは是非手に取ってみてください。

あと、私の関心は本書の内容を逸脱して、成功した企業が行っているオペレーションが素晴らしいだけでなく、このようなオペレーションを可能にした組織がありますが、そのような組織を作り上げたその方法論を私は知りたいと思いました。また、成功に至る判断のためには迅速で的確なフィードバックが不可欠ですが、その背後にはそれを可能にした情報システムがあるはずです。それらがどのようなシステムなのか、どのような処理でどのようなアーキテクチャなのかということにも興味が及びました。そういったチームビルディング、システム設計といった側面を取り扱った姉妹編が出版されたら間違いなく買ってしまいますね。

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書名:人気店はバーゲンセールに頼らない
副題:勝ち組ファッション企業の新常識
著者:齊藤孝浩
発行:中央公論新社/2013年4月10日
ISBN:978-4-12-150451-7


ファッション流通ブログde業界関心事 (齊藤さんのブログ)


「パーフェクトソフトウェア」ジェラルド・M・ワインバーグ著

皆さんはシステム障害のニュースを耳にしたとき、どのように思われるでしょうか。私はこれまで何度もソフトウェアのテストを行ってきましたが、それでもシステム障害のニュースを聞くとつい「本当にテストしたの?」と思ってしまいます。これは本書の前文に紹介されているエピソードと丁度重なります。そしてその反応は「テストをすれば完璧な製品ができる」という誤解からくるのだと指摘されています。実際、全くテストをせずにリリースされるソフトウェアというのは存在しないでしょう。しかし、テストの結果を正しく使えていないソフトウェアというのはそこそこあるかも知れません。本書はそんなソフトウェアのテストについての誤解を解き、ソフトウェアのテストについて様々な示唆を与える著作です。

本書に何度か出てくるテクニックとして、バグの分類が挙げられます。実際の開発現場ではバグ(障害)をどのように分類するかということがしばしば議論になります。(もっとも何も議論せずに決められているパターンも残念ながら多いです)よくある分類は重要度や優先度でしょう。ところが重要度や優先度はどちらかというと主観的な基準であるため、誰かが統一的な判定を下すのでなければ基準が曖昧になり、せっかくの分類が機能しなくなってしまいます。そこで弊社では本書で薦められているバグレベルによる分類を次のようにアレンジして現場に適用しています。

  • レベル0 ・・・他テストを妨害
  • レベル1 ・・・業務遂行不可
  • レベル2 ・・・作業効率低下
  • レベル3 ・・・頻発すれば問題

この分類のメリットは基準がどちらかというと客観的だということです。それでも最初は迷うこともありますが、それぞれどういうケースかということを考えていけば自ずと分類は決まってきます。例えばログのメッセージが不適切というケースでは、障害時の原因究明に余計な時間がかかってしまうということで「作業効率低下」に分類できます。例えばサイズ0のファイルをDBに登録できてしまうというケースでは、通常の操作ではサイズ0のファイルを扱うことがないと考えれば「頻発すれば問題」に分類できます。このバグレベルのおかげで分類作業の効率が上がりました。これは一種の優先度による分類ですが、紛れもなくレベル0のバグは優先して対応すべきものです。極端な話、レベル3のバグであれば状況により対応を見送るという判断もあるでしょう。

本書でも紹介されているように、ソフトウェアの開発に理解がない(あるいは理解があると自認している)管理者や営業担当者が、開発者に対してバグゼロを要求するケースを何度も見てきました。しかし、何がバグであるかが自明なケースもあれば、ビジネス環境に応じてバグの基準は変化することもあり、仮にリリース時点でバグがゼロであったとしても(それもあり得ないのですが)それを将来に亘って保障することはできないのです。本書はテストを担当する技術者のみならず、開発チームに関わる管理者や営業担当者の方にも読んでいただきたい一冊です。

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書名:パーフェクトソフトウェア
副題:テストにまつわる幻想
著者:ジェラルド・M・ワインバーグ
発行:日経BP社/2010年5月31日
ISBN:978-4-8222-8429-9