自分の部屋へ引っ越そう!~「ヘヤカツ」のススメ~

引越しをすると、しばらくは物も少なく片付いていて、とってもシンプルで洗練されたライフスタイルを送ることができるのですが、漫然と暮らしているうちに物が徐々に増えていき、小奇麗だった部屋がいつの間にか散らかっていて気分が滅入るという経験はないでしょうか。特に社会人で独り暮らしだと、平日は仕事なので帰って寝るだけ、休日は寝ているか遊びに行く…というルーチンを続けていると、部屋が多少散らかっていても特に困ることはないのですが、ふと気づくと片付けようにもどうにも身動きが取れなくなっています。私は幾度か引越しを経験していますが、引越しというイベントの持つ独特の「リセット」感覚はなかなか得難いものがあります。

今回ご紹介するのは「部屋を考える会」というコミュニティが著作した「部屋を活かせば人生が変わる」と、その続編の「部屋を活かせば頭が良くなる」です。最初のうちは、一時期流行った「断捨離」や片付けメソッドの類かと思いましたが、そうではなくてあくまでも「部屋を活かす」という視点に立った活動、すなわち「ヘヤカツ」について、その手法と効果を紹介しています。

なぜ部屋が散らかるかというと、掃除しないから。なぜ掃除しないのかというと、掃除しにくい家具の配置だからということで、まずは掃除しやすいような家具配置にしましょうということを薦めています。「人生が変わる」「頭が良くなる」というのは言い過ぎではないかと感じましたが、満腹の時には何を食べようかとは考えないのと同じで、空間が満たされていればそこを満たそうとは思わないが、隙間が空いていればそこを何で満たそうかと脳が自然と働くということのようです。だから本棚も押入れも全てギチギチに詰め込むのではなく、7割ぐらいに留めておくのが良いようです。

そうなるとどうしても入りきらなくて溢れてしまうものが出てきます。でも、数年間使ってないものは必要のないものと割り切って、本当に必要なものに絞り込むというプロセスに取り組むと、意外と必要のないものが炙り出されてきました。よくあるのが「もしかしたらまた必要になるかも」という気持ちですが、必要になったらまた調達すればよいですし、本当に必要なものまで手放す必要はありません。ここは別に唯一の正解があるわけではないので、自分に合うやり方で取り組むのが良いのではないかと思います。

冒頭で、引越しのリセット効果について触れましたが、実際に引越しをしなければならないとしたらお金も時間もかかってしょうがないのですが、同様の効果を出す方法として「自分の部屋へ引っ越す」という考え方を提唱しています。何のことはない、ある部屋の家具を一旦別の部屋に移して、まっさらな状態から家具を再配置していくのです。引越しと違い、一区画ずつ再配置を繰り返していけばよく、これであれば新しい物件を探したりする手間もかかりません。自宅でもまさにこの取組みを始めているところです。

この本の良いところは、一人の著者の単なる独りよがりな提案ではなく、コミュニティの中で研究したアイデアについて実践した結果を、さらにフィードバックして磨き上げていった具体的なノウハウとなっているところです。「頭が良くなる」というのは一理あるとは思うものの科学的な根拠は分かりません。が、そこは本書の本質ではないです。本当に豊かな生活、豊かな人生とは何かを改めて考えさせられる本です。

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書名:部屋を活かせば人生が変わる
著者:部屋を考える会
発行:夜間飛行/2013年11月5日
ISBN:978-4-906790-05-0

書名:部屋を活かせば頭が良くなる
著者:部屋を考える会
発行:夜間飛行/2014年11月7日
ISBN:978-4-906790-13-5

横浜の中華街新年会にてIT業界を考えた

本日(校正している間に日付が変わってしまいましたが)、毎年恒例、JSDGの中華街新年会に参加してきました。去年はエントリーしておきながら(確か体調を崩してだったと記憶しています)ドタキャンしてしまったのですが、今年は無事に参加することが出来ました。しかも今年は中華街新年会としては過去最高の33名の参加がありました。

いつも色んな方と話が出来て刺激になるのですが、今回はたまたま隣席にいらしたITのコンサルタントとIT人材の話になりました。コの業界ではよく「ユーザ企業」「ベンダ企業」という呼び方がありますが、前者はITを利活用する企業で事業会社とも呼ばれることがあります。そして後者はITのシステムやサービスを提供する企業ということになりますが、アメリカ合衆国ではその従事者の割合が3:1なのに対し、日本では真逆の1:3であるという統計に基づく事実について教えていただきました。

その方に言わせれば「これじゃあ日本は勝てないよね」「技術者をユーザ企業に戻したい」ということになるのですが、少なくとも日本では過去に事業会社が情報システム部門を子会社化して切り離した経緯があり、その弊害が顕著であることは私自身も現場に出て肌で感じております。それに気付いている企業は既に内製化に舵を切っており、一度子会社化したシステム部門を本体に吸収した企業も知っています。以前も書いたかもしれませんが、そもそもSIというビジネスがもはやWin-Winの構造になっていないため、全てのユーザ企業が舵を切ればSIビジネスは消えるでしょう。そして舵を切らないユーザ企業はSIベンダと共に衰退していくと想像されます。

私自身もSIの仕事をしたことがありますし、SIの仕事をしている知り合いもたくさんいます。なのでなかなかこんな話はして来なかったですし出来ませんでした。でも、今日、このように話を伺い、きちんと考えておられる方がいると知って嬉しく思いました。

私は10年ほど前に、とある技術者コミュニティーに顔を出していたことがあり(数回限りでしたが)、とあるネットの記事を題材にこのテーマについて議論を交わしたことがあります。当時の私はまだバリバリの技術志向でしたから、アジャイルかウォーターフォールかという開発手法の話題として捉えていました。ところが、開発手法はビジネスモデルとも絶妙にリンクしていて、議論を交わしているうちにSIモデルはいつか終わるんだという認識を持ったものです。それ以来、どのようにこの業界でビジネスをやっていくかということを自分なりに考えてきました。

まだ明確な答えは見えていませんが、時々刻々と変化していくIT環境に合わせて、直接的であれ間接的であれ事業会社のサポートを行っていきたいと考えてきましたし、今もそのように考えています。内製化をしたいという企業があれば、それをうまくやるための方法を一緒に考えていきたいです。人とITとをつなぐ・・・ここは必ず押さえていきたいと思います。

(参考)
スルガ銀-IBM裁判から垣間見えた“SI時代の終焉”
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20120507/394881/

「アドラーに学ぶ部下育成の心理学」小倉広 著

一時期「モチベーション」という言葉が流行ったように感じた時期があるのですが、よく、教育や育成という文脈の中で、施す側であれば「褒めて伸ばすか、叱って延ばすか」、施される側であれば「褒められて伸びるか、叱られて伸びるか」という二者択一を見聞きします。そして「あなたはどっちのタイプ?」という問いかけが頻繁になされることによって「世の中にはその二択しかないのだ」という先入観を植え付けられてしまっていないでしょうか。例えば次のような問いがあります。どのように答えたらよいでしょうか。

あなたの部下もしくは後輩が、あなたの目の前で仕事を進めていました。見ると、明らかに要領の悪い間違ったやり方をしています。このままではミスが出るか、能率が悪く時間がかかってしまいます。そんな時、上司もしくは先輩であるあなたはどのように声をかけるでしょうか。

  • (A)『そのやり方はよくないね。こうやった方がいいよ』と教える
  • (B)失敗するかもしれないが、あえて何も言わずに黙っておく
  • (C)『もしかしたら、××のようなことが起きるかもしれないけど、その場合はどうする?』と未来を予測した質問をぶつけてみる
  • (D)『こんなやり方もあるけれど、どうかな?』と別の方法を提示して、それを採用するかどうかは相手の判断に委ねる

(本文より)

書名だけでは分かりませんが(カバーを見ると分かりますが)、本書は褒めない、叱らない(更に言うなら教えもしない)第三の育成方法を提唱しています。「そんなんで本当に育成なんてできるの?」と疑問に思いながら読み進めていくと、なるほどと思わず納得してしまう理由が書かれていました。考えてみると至極当たり前のことが書かれており、しかもどこかで読んだことがあったり、あるいは既に実践している方法だなと感じる部分も多くありました。ただし、それらは断片的であり、合理的な説明でもって体系的に整理できたという意味でも本書は読むに値するものであったと思います。

なぜ褒めても叱ってもいけないのか。この問いを考える時にふと思い出すことがあります。それはいつからか周囲が使い始めた「上から目線」という言葉。これは「あんたの物言いは上から目線だよ」という風に一種の侮辱に対する不満を表明する際に使われるように思います。「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないんだよ」って思うこといっぱいありますよね。ああ、もしかしたらこの文章もそういう風に捉えられる可能性もあり気を付けたいと思いますが、人は上下関係において下に置かれようとされた場合にこうした不愉快な気持ちを抱くものではないでしょうか。そして「褒める」とか「叱る」というのはこういう自分が上で相手が下という関係を無意識のうちに作っている行為だということです。だから褒められても叱られてもダメだということなのだそうです。

そこで第三の方法とは、上から目線ではなく、相手と対等な関係を築き、相手を信頼するというものです。制約理論(TOC)を提唱したエリヤフ・ゴールドラット博士も「人は元々善良である」と主張しました。あれやこれや心配しなくても人はなんとか善くしようと心がけるものです。目の前の相手もその性質を帯びていると信頼するかどうか。「褒める」とか「叱る」というのはそういう本来人に宿っている善意を踏みにじる行為であり、そのような扱いを続けることでその人が本来持っている力を奪うことにつながるということなのです。

そうは言っても、簡単にできることではないと感じます。今まで「褒める」とか「叱る」という手段を意識して取ってきた人にとっては尚更でしょう。本書はアドラー心理学の考え方をベースにした部下育成のノウハウですが、単なる理屈ではなく著者の経験に裏付けられた実践のためのヒントが豊富に盛り込まれています。私も繰り返し読んで実践につなげていきたいと考えています。


書名:アドラーに学ぶ部下育成の心理学
著者:小倉 広
発行:日経BP社/2014年8月18日
ISBN:978-4-8222-5030-0