2012年仕事始め

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、私は仕事柄、稼動の日程はクライアント先に依存するのですが、今年はクライアント先の仕事始めが1月4日なので(以前のクライアントより早いです)、ちょっと早いですけど本日を仕事始めとしました。もちろんまだ体を慣らす程度です。ちなみに元日だった昨日は完全にオフラインの日で、一切ネットに接続しませんでした。年に1日くらいはそういう日が有っても良いかなと。

皆さんは一年の初めに計画を立てるタイプでしょうか。私の場合は計画と言うには忍びないものですが、ざっくりとした計画は立てています。昨年の仕事納めの後に、昨年の計画と実績を振り返りました。昨年は東日本大震災という大きな出来事もありましたし、仮にそこまで大きく無かったとしてもそれこそ想定外の出来事によって年初に立てた計画が頓挫することは良く有ることですよね。かといって全く何も達成できなかったということも無いと思うのです。――中にはそれではダメだと言う主義の方もいらっしゃるかもしれませんが、私はそれでも良しとしています。

ですから私は、達成出来た事と出来なかった事とをちゃんと振り返って新しい年の計画に反映するようにしています。出来なかった事については、何故出来なかったかという原因を探ると同時に、そもそもそれをやりたかったのか、今からでもやりたいのかということを考えるようにしています。それほどやりたくないもの、あるいはやる必要性が感じられないものは新年の計画から外します。中には当初必要性を感じていたが、状況の変化により必要性を感じられなくなったり、優先度が下がったものもあります。振り返ると言ってもあまりクヨクヨせずに、それはそれと割り切ってしまうことも必要でしょう。――何せ私はクヨクヨしやすいタイプなので――

昨年の最初のエントリーは「1年後の自分をイメージする」というタイトルでした。今年も1年後の自分のイメージを目指してスタートを切って行きたいと思います。

あの年賀状作成の定番製品の盛衰

本日21日付日本経済新聞の15面に「プリントゴッコ来年末事業終了」というべた記事がありましたのでご紹介します。

プリントゴッコと聞いて「うわっ、懐かしい!」と言える人はもはやいい大人ではないかと思うのですが、実は本体の販売は既に2008年6月で終了していたのだそうです。ですので今は補充用インクなど消耗品の提供やユーザーサポートだけを行っているようです。そしてついにそれらの業務も来年末で閉じるということのようです。

私はこの記事を読んで時代の流れを感じました。利用実態として実感できるものでいうと主なものは年賀状でしたが、プリントゴッコで印刷した年賀状をよく見かけたのは15~25年前くらい。他には部活やサークル勧誘のビラなど、今のようにパソコンやカラープリンタが普及していなかった時代にはとても流行りました。

私も一時期あこがれた時期がありましたが、我が家はワープロがあったので年賀状もワープロで作成していました。(もっとも、ワープロだって専用機は絶滅危惧種ですね。どのメーカーも製造していません。)

新しい道具が普及すると、それまで定番だった道具が廃れていくのはやむを得ないことですが、プリントゴッコは独特の味わいがあっただけに少し寂しい気持ちもします。現在当たり前のように家にパソコンがあって当たり前のようにカラープリンタがあるという状況は、プリントゴッコ全盛期から考えると実は全くとんでもないことなのだなと思わされました。


節電がもたらす豊かさ

今年ほど節電が叫ばれている夏は無いでしょう。しかし、必要性の有無や節電の是非についての議論はともかく、思い切って節電をしてみることで生活を見直すチャンスを与えられていると考えることはできないでしょうか。

例えば自宅でエアコンを使わずに窓を開け、外の風を入れてみる。あるいは扇風機や団扇で風を起こす。暑いけれど風は涼しく、私は子供の頃に過ごした夏を思い出しました。それにエアコンと違って身体が冷えすぎるということも無く、余程の猛暑で無い限りはむしろ健康的とも言えます。

さて、昨日13日付の日経新聞の消費面に目を惹いた記事がありましたのでご紹介します。それは六本木のバーで、休日の昼間など営業時間外に人を集めてボードゲームで遊ぶイベントを開催しているというものです。その「ボードゲーム」というのが電気を使わないので節電になるというのがポイントです。懐かしさも相まって結構人気があるようです。

最近めっきり遊ぶ機会がなくなりましたが小中学生のころまでは友達や家族とよく遊んでいました。似たような複数人で遊ぶアナログゲームとしては、カードゲームやテーブルトークRPG(TRPG)なんていうのもありました。カードゲームはルールは単純でも駆け引きがあって奥深く、気がつくと何時間も遊んでいるということもありました。そう、実はテレビやPCやモバイル端末などのゲームよりも、face to faceで充実した時間を過ごせる可能性があります。

今の状況下において節電は止むを得ない側面もあります。しかしこれをきっかけに、かつて電気に頼らなくても味わっていた豊かさを、今再び思い出してみるのも良いかもしれません。

サマータイムか、企業版サマータイムか

今日6月10日は時の記念日ということで、時間にまつわる話題について触れたいと思います。

3月11日の震災で原発が停止し、またその影響で少なくとも今年の夏はかなりの電力供給不足が懸念されています。エアコン使用の抑制、スーパークールビズなど、私たちの盛夏の過ごし方について、改めて考えていかなければならない状況に置かれています。

その中で、施策として提唱されているものの一つに「サマータイム」があります。サマータイムとは、夏に近づくタイミングで時計を1時間早め、夏が終わるタイミングで1時間早めた時計を元に戻すという制度です。夏は早い時間から屋外が明るくなるので、その明るい時間を有効活用しようというのが狙いなのですが、省エネにもなるんじゃないかということで最近再登場しているようです。しかし、実際にアメリカに住んでいてサマータイムを体験したことのある方のお話を伺ったことがあるのですが、時計を合わせるのが面倒くさいし、体のリズムを合わせるのも大変だとか。

また、特に日本の場合は、情報システムを設計する際にサマータイムを想定していないため、実際に時計をずらすとなると様々なシステムトラブルが発生し、社会生活に支障を来すのではないかと考えています。それならば時計はそのままでタイムテーブルを変更する方が社会インフラへの影響は少なく、導入へのハードルも比較的低いです。グローバルでではなく、ローカルで実施する夏時間。どうやらそれを「企業版サマータイム」と呼んでいるようです。

私が通っていた高校は夏時間と冬時間という制度があり、冬時間は正規の時間(夏時間)に比べて20~30分遅く授業が始まりました。それは学生の身にとっては大変ありがたかった。ですが、その制度の目的は省エネということではなかったようです。

それにそもそも夏に時計を早めたところで、人が活動している以上はどこかで過ごさなければならないため、確かに昼間に活動するオフィスは電力消費量を抑えられるかもしれませんが、社会全体として見れば変わらないどころか、活動時間が長くなる分だけ電力消費量は増えるのではないかと予想できます。それに電力消費量を抑えなければいけないのは暑い昼下がりの時間帯です。

サマータイムはいずれの場合も省エネ・節電対策としては疑問が残り、時間を有効活用したいということでしたら各組織で個別に実施する企業版サマータイムで充分ではないでしょうか。


帰宅支援マップ、もうひとつの側面

この度の大地震で被災された方々には心からお見舞い申し上げます。また一日も早い復興を願って止みません。

さて、私が今住んでいる東京でも本震ではかなりの揺れを感じ、今までにないほどの恐怖を覚えました。(個人的には震度5以上は初めての経験です。)そして首都圏における地震そのものの被害は、建物の一部崩落や工場の火災などを除き、広範囲には及びませんでしたが、2次的な被害として鉄道が全てストップしてしまいました。JRは当日中の復旧を早々に見送り、私鉄も復旧は夜間に及びました。

そしてそれが大勢のいわゆる帰宅難民を生みました。ニュースでも報道されましたが、徒歩で帰宅する人が続出したようです。一方で無理に帰ろうとしないように制する呼びかけもありました。東京都では以前から災害時の「帰宅困難者」の想定はされていたようですね。(参考:東京都防災ホームページ

この件で思い出したのが数年前に出版された「災害時帰宅支援マップ」です。地図の昭文社が、都心から郊外へ徒歩で帰宅する時に役立つような情報(公衆トイレの位置や危険な場所など)を盛り込んで作成した、非常にニッチな商品なのですが、発売当時はその着眼点の斬新さに感動して1冊購入したのです。

実際手に取ってみると地図はいわゆるメッシュではなく、街道を中心に描かれ方面別に索引がつけられており、ナビゲーションとしては大変分かりやすいものでした。当時は横浜南部に住んでおり電車で通勤していましたが、本当に災害に遭った時のために歩いて帰る予行練習をしておこうと考えました。

ある土曜日、午前中に都心の歯科医で検診を受けた後、一人でその地図を片手に徒歩で帰ることにしました。横浜南部に帰るには赤坂付近から第二京浜という大きな通りを経由するのですが、最初は見慣れない景色を楽しむことが出来たものの、都心に比べると第二京浜は殺風景で退屈極まりなく、途中でコンビニに寄ったりトイレに行ったり休みながらではありましたが、徐々に疲労が蓄積していきました。そして5時間ほど歩いたところで小雨に遭い、それで完全に挫けてしまいました。(最寄り駅から電車に乗って帰ったのは言うまでもありません。)

当時、この予行練習から私が学んだことは、本当に被災して帰れなくなっても徒歩で帰りたいという衝動を堪えようということです。もちろん人それぞれに事情もおありでしょうし、他の誰かが徒歩で帰宅するのを止めようというつもりはありません。あくまでも「自分はそうしよう」というものです。私も今は東京に住んでいますし、都心で被災してもハイキングのつもりで歩いて帰れますし、そうするでしょう。しかし都心から10時間も歩くような場所に住んでいたとしたら、衝動的に帰宅しようとする前に「一度冷静になれ」と帰宅支援マップは教えてくれたのです。


映画館をイベントスペースとして捉え直すと…

本日の日経新聞に「スポーツ・音楽 シネコンで(3D映像など中継/会場並みの迫力)」という記事がありました。

要するに映画館で映画以外の映像コンテンツを上映して集客しようという試みなのですが、私は以前、映画情報サイトに携わっていたことがあり、こういった上映があることは知っていました。例えばお笑いライブやAKB48などのアーティストのライブ上映などです。この記事を読むと2009年と2010年とで映画以外の上映本数を比較しており、その動きがいよいよ本格化して来たということのようです。

新聞記事によるとこんな背景があるようです。

  • 設備のデジタル化により映画以外のコンテンツを上映しやすくなった(フィルムの設備だとこうはいきませんよね)
  • コンサートなどのコンテンツは映画作品に比べて単価を高く設定できる

私はこの動きには賛同します。というのも、「映画離れ」ということが囁かれて久しいですが、映画で集客できないのなら集客できるコンテンツを探そうというのは、インフラを有効活用する意味で自然な流れだからです。映画館を単なる映画を上映する箱としてではなく、イベントスペースとして捉えた場合、様々な活用方法が考えられるのではと思いました。海外で行われたサッカーのワールドカップの試合が日本のスタジアムで中継された事を考えると、同じ事を映画館で実施しても充分に集客できそうですね。

一方、去年、ある映画作品を観にある映画館へ行った時の話です。普通ならチケットを買う際に座席を決める事になるはずなのですが、そこでは全くの自由席!それもそのはず、作品のせいなのか分かりませんが、土曜日の夕方にもかかわらず座席の2割くらいしか埋まっていない。劇場スタッフも覇気が無く、部外者の私でもこれはさすがにまずいのでは?と感じました。

映画館なのだから映画を、というこだわりを捨てて発想の転換をする勇気。これからも見守っていきたいと思います。

1年後の自分をイメージする

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、元日なので一年の計を…と思ったのですが、何気なくネットの記事を読んでいたらあるブログの内容に引っかかりました。それは大木豊成さんの「2011年になって急発進できるわけではない【就活生へ】」というエントリー。私は就活生ではないのでコメントすべきではないのかもしれない。ですが、就活生(という表現が良いのかは別として)だった頃の自分を思い出すと、まさにそこに書かれている「言い訳大好き人間」だったなぁと思うのです。私は4年生のときに就活で挫折を味わいました。ありがたいことに(休学・復学をして)再チャレンジの機会が与えられ、その時には以前の二の舞にならないように卒業までの行動計画を立て、最後の1年を就活せずに学生として全うしたという経緯があります。(卒論が終わってから就活したのですが、このネタはいずれまた。)

少し話が逸れましたが、大木さんによるとゴールから逆算して計画を立てろ…ということなんですね。これも私が苦手なことで、子供の頃には良く親から説教されました。理屈は簡単です。ではなぜ実行できないか。それを考えていたときに別のブログ記事に辿り着きました。それは坂本史郎さんの「頭のいい人ほど気づきづらい「時間のトリック」と「負け癖」」というエントリー。(これは2部構成になっていて、後半の「負け癖」も面白いキーワードなのですが、ここでの本題から外れるので割愛します。)そこで言われている「時間のトリック」というのが一つのキーワードですね。

なぜ計画(夢でも良い)を実現できないか。坂本さんは『夢は段階的に実現するという性質を持っているからです。結果が一足飛びにはやって来ません。』と述べています。それを解決する一つの方法が大木さんも述べている(引用かな?)『ゴールを確認し、タイムラインを引いてから取り組む』つまりゴールから逆算して計画を立てるということです。でもそれができないのは何故か。これは各自の責任だと思うのですが、ゴールを明確にイメージできていないからではないでしょうか。学生であれば就職でも卒業でもゴールになりうる。しかし社会人の場合は難しい。誰かがゴールを設定してはくれないからです。自分で設定するしかない。

そういうことを想起しながら、1年後の自分の姿、仕事の状況、周囲の状況をイメージすることから始めたいと思います。

2010年の締めくくりに

あっという間に2010年もあと4時間となりました。今年はやりたかったことが全て達成できたわけではありませんでしたが、年初には想像もしていなかったことをやり遂げた感じがしています。皆様もそれぞれ今年を振り返っていろんな思いがあるでしょう。

昨年はどうだったっけな?とふと思うことがあります。一年経過するとその前の年のことは忘れてしまうものですね。そういう意味でももう一度今年一年をゆっくり振り返りたいと思います。そして数時間後には新しい年の計画を立てます。

それではよいお年をお迎え下さい。

分岐路が再び合流するとき

今日は以前参画していたプロジェクトでお世話になった会社を訪問し、当時のリーダーと久しぶりに話をしてきました。彼は私と年齢が同じということもあり、お互い刺激を受け合う(…と私が勝手に思っていた)間柄なのですが、以前よりもお互いにビジネスの話ができるようになっていて更に刺激を受けました。

彼はありがたいことに私と会う前に当社のサイトにアクセスして、私がどういった方向性を目指しているのかについて調べて下さっていました。そして驚いたことに、彼もこの数年来、同じようなことを目指すようになってきたと告白してくれたのです。それは当社の企業理念の『組織を元気にする』というフレーズ。今はとかく中国とかインドとか、そういった海外の新興市場にばかり注目が集まりがちだけど、実はもっと良く見渡せば国内にも発展途上のビジネスがあって、そこを支援することで経済の発展に繋げられたら…というような話をされました。

その他にもたくさん話をして強く感じたのは、どの話も深く頷けるということです。ビジネスの話もそう、景気の話もそう、ITというものに関する捉え方もそうです。プロジェクトから離れて6年が経ちましたが(もちろんそれ以降も何度か会いましたが)、お互いがそれぞれ自分の持ち場で仕事を続けてきたにもかかわらず、気がついたら同じような方向に向かって歩んでいたということです。これはまったく不思議としか言い様が無く、彼に出会えたこと、そして彼と一緒に仕事ができたことをとても感謝しています。

32年ぶり快挙の陰にITのサポート – 日本女子バレー

バレーボール女子の世界選手権で、眞鍋監督率いる日本チームが3位決定戦を制し、32年ぶりのメダルを獲得しました。私は残念ながらテレビ中継すら見ることができなかったのですが(帰りの新幹線の中で知りました)、家族でずっと応援していたので心から嬉しく思います。試合後の選手たちの笑顔も素敵でしたよね。

エースの木村選手、キャプテンの荒木選手を始め、どんな場面でも的確なトスを上げる竹下選手、スパイクやブロックを決めたときの笑顔が素敵な井上選手、バックアタックが見ていて気持ちのいい迫田選手、唯一チャレンジリーグから参戦した江畑選手など、多くの選手の活躍が印象に残っています。

さて、そんな選手たちにばかり注目してしまいますが、テレビ中継を見ていてふと気付いたことがあります。それは眞鍋監督の手元。何か黒い四角いボードのようなものを見ながら采配を揮(ふる)っているではありませんか。あれはもしや?・・・そう、どうやらiPadのようです。アナウンサーの解説によると、ベンチサイドのアナリストが入力したデータがリアルタイムで参照できるとのこと。

もちろん、それがいったいどれだけ勝利に寄与したかは測定はできないと思いますが、チームの傾向を直ぐにフィードバックできたことは戦術を組み立てる上で間違いなく役に立ったでしょう。これは世界でも初の試みだそうです。そして今大会では日本だけがやったことなのだそうです。ノートPCを用いた分析は他の国もやってましたが、iPadと組み合わせることによって短時間でのフィードバックを可能にしたのです。

短期間でのフィードバックはプロジェクトを成功させる秘訣のひとつですが、それはビジネスに限定されない普遍的なノウハウなのかもしれませんね。